あゐごろも

日々のあれこれ、短歌など。ときどきによって変わります。

継続可能な仕事はどんなことがあるだろうか、探している。

それには自分ではじめるのがよく、ひとりでやるのは難しいけれど、
いい人材が集まれば可能だと思う。

何をするかってことは大事だが、誰とするかってことはもっと大事だ。

付き合う人によって、日々の豊かさは変わってくる。

 

金曜日の夜に、みちこさんの家に寄った。

そこで話をしたのは、空家となったみちこさんの実家の活用法。

いろいろと考えているようだが、そのひとつに自閉症児を集めた施設をつくること。

自閉症児を預かると一日一万円のお金が国から支給されるらしい。

二十人を二十日預かれば、月四百万になる。ビジネスが可能だ。

実際にビジネスに参入している人はいるが、どこでも同じで
意志を持ちかかわる人もいれば、儲けに転がる経営者もいるらしい。


障碍者に限らず、弱者というのは軽んじられ、搾取されすぎてしまっていると思う。
たとえ困難は多くとも、人生における豊かさまで搾取されてはならない。
 

みちこさんは、前に施設に通っていたので、弱者への思いはあり
本人も含め、家族の大変さも知っている。
障碍者の雇用をつくるべく尽力をしている女性と知り合い、その影響も大きいだろう。

知恵を貸してもらえば、NPOを立ち上げるくらいまではできそうだが
苦難を共に背負うことだから、相当な覚悟がいる。

 

保育士や小学校教師の友人の話だと、障碍を持つ子供は増えていて、
グレーゾーンはかなりいるという話だ。

職場にもグレーゾーンの子はいるが、コミュニケーションが成り立たず大変だ。

このような子が今後増えるとして、社会はどのように受け入れていくのか、
変わらざるを得ない時がくると
想像はしているが、具体的なことは分からないままだ。

 

そもそも、たとえば自閉症といわれたとしても、まったく理解していない。

知られていない、身近ではないということも境界線となり、孤立を深めているのか。

たぶん、こちらにもこういう対応をするといいよ、というコツはあるのだろうが。

 

昨晩は、保育士の友人にメールをしてみた。

メールでは話しきれないとのこと。障害の重さによっても違って、軽度ならばコミュニ
ケーションはできるけれど、
重度だと歩くこともできないという。

こういう生の声を聞くと、頭で考えるということと、実際に向き合うということは、
まったく別のことと知る。

短文の中に詰まる重み、手ごたえ。

しかし、それぞれの分野の人間が知恵を寄せ合えば、できなかったことはできるかも
しれないという光も感じる。

むしろビジネスだから引き出せるものはあるように感じる。

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